ヨルダン館で開催された「やさしい能楽講座」が教えてくれる日本の伝統芸能の魅力
朗々とした謡(うたい)と小気味よく響く小鼓(こつづみ)の音色で始まった「やさしい能楽講座」。来場者は、ヨルダン館の砂漠ドームに敷き詰められたワディ・ラムの砂の上に座り、サラサラとしたその感触とともに、能楽を体験しました。
26日は、能楽師でシテ方観世流の大槻裕一氏、同じく能楽師・小鼓方幸流の成田奏氏が講師として来場。29日には、能楽師・大鼓方の河村凜太郎氏も講師に加わり、能楽の魅力を伝える講座に。息のあった掛け合い解説、迫力ある能楽の実演は、来場者を「能楽」の世界に誘い魅了したのでした。
大槻氏、成田氏に、能楽について、今回の講座についてもお聞きしました。
EXPO2025 OSAKA
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目次 /
能楽とはどのような芸能なのか
能楽師の役割について
ヨルダン館での講座内容は
月イチ能楽講座について
来場者に伝えたかったこと
能楽とはどのような芸能なのか
能楽とはどのような古典芸能でしょうか
大槻氏 能は、約650年の歴史を持つ世界最古の演劇と言われています。歌舞伎などと同様に、昔は「芝居」と呼ばれていました。これは、芝生の上に座って観劇していたことに由来します。演者が一段高い舞台で演技することから「芝居」という言葉が生まれたそうです。演目は約250にも及び、物語だけでなく、天下泰平や子孫繁栄を祈る意味合いの儀式的な演目も披露します。
能楽師の役割について
能楽は専門の演者によって上演されるとお聞きしました。
大槻氏 私は、シテ方という踊り(舞)やセリフ(謡)を担当する演者です。物語の主人公を務め、ときにはひとりで何役も演じ分けることがあります。登場人物の感情や性格を表す能面をつけるのもシテ方です。舞(まい)や謡(うたい)を用いて、物語のクライマックスや見どころを表現し作り出します。
一方、ワキ方は、シテ方の相手役(脇役)や、物語の進行役などを務めます。ワキ方にも専門の演者がおります。シテ方とワキ方は家柄によって代々受け継がれており、それぞれが専門の役を務めます。
また、能には楽器を担当する専門家もいます。これはお囃子方と呼ばれ、笛、小鼓、大鼓(おおつづみ)、太鼓の4種類の楽器があり、それぞれ専業の演者がいます。例えば、笛を担当する方は、一生修業しながら笛を演奏するように、専門性が非常に高い芸能なのです。

成田さんは、小鼓の演者でいらっしゃるのですね。
成田氏 そうです。私はお囃子方のなかの小鼓を担当しております。能楽の伴奏を奏でるとともに、演者間のコミュニケーションを図る役目も担っています。能楽には指揮者がいません。小鼓の奏者は、演者の動きや謡の呼吸を感じ取り、それに合わせて演奏します。また、「ヨイ」や「ハ」といった掛け声をかけることで、他の演者とタイミングを合わせます。小鼓も含めたお囃子方は、物語全体の雰囲気や情景をつくっていくものでもあります。
ヨルダン館での講座内容は
今回のヨルダン館での講座では、どのような演目をご披露いただいたのでしょうか。
成田氏 夜の砂漠が会場でしたので、その空間にふさわしい「月」や「夜空」に関連した演目を選びました。たとえば、光源氏のモデルとも言われる源融の霊が、月夜に舞い遊ぶ物語『融(とおる)』や天女が夜空に飛んでいく『羽衣』などです。来場者のみなさんに、物語の表現や登場人物の感情などを少しでもくみとっていただければと思いました。

小鼓のエア演奏体験も行われました。
成田氏 小鼓の音色は、打ち方や紐の締め具合、そして左手の操作によって大きく変化します。同じ「ポン」という音でも、静かな場面ではやわらかく、力強い場面では強く響かせることができます。つまり音色に個性を出すことができるのです。この会場でも、リアルな演奏を感じていただきたくて、小鼓の構え方、紐の握り方、打ち方、掛け声のかけ方などを体験していただきました。
月イチ能楽講座について
東京、大阪、京都でも、今回のような講座を開かれているとお聞きしました。
大槻氏 私と成田さんは、もともと関西を拠点に能楽の活動をしていましたが、2022年(コロナが落ち着いた頃)から東京でも活動する機会をいただきました。そこで、ふたりで東京での活動を広げようと考え、まずは能楽講座を月に一度始めたのです。250曲ほどある能の演目の中から毎回1曲を選び、実演を交えながら解説しています。
最初は小さな能楽堂の楽屋を借りて行っていましたが、ありがたいことに3、4ヶ月で満席になりました。現在は、広い会場に移して講座を開催しています。夜間の講座にも関わらず、若い方にも多くご参加いただいています。この講座の最終的な目標にしていたのが、今年(2025年)の6月に開催した初の本格的な公演です。これまでの講座で地道に解説してきた演目を、より深く知っていただく機会となりました。

成田氏 2022年の講座開始から1年後には大阪でも始め、その後は京都でも開催するようになりました。各方面から多くの方にお越しいただいています。各地で同じ演目を上演するのではなく、それぞれの場所やそこに合う逸話などの演目をご紹介することで、より深く能楽を理解していただく工夫をしています。今後も「月イチ能楽講座」を続けていくことで、能楽の魅力を伝えていきたいと思います。
来場者に伝えたかったこと
万博来場者のみなさまにお伝えしたいことは?
大槻氏 万博という世界的なイベントが日本で開催される中で、日本の伝統文化である能楽に触れていただけることは、非常に重要なことだと考えています。私たち自身、大阪で生まれ育ち、この大阪万博に関わらせていただくことに大きな喜びを感じています。そして、この伝統文化を何十年、何百年と未来に繋いでいくことが、私たちの使命です。能楽だけでなく、万博をきっかけに日本の文化に触れ、少しでも心に残る体験をしていただけたら嬉しいです。
成田氏 今回は、能楽堂や野外での公演とは異なる、砂漠という特別な空間で能楽を楽しんでいただきました。この空間だからこそ感じられる能楽の魅力を楽しんでいただけたかと思います。能は伝統的な側面を守りつつも、時代に合わせて発展を繰り返してきた芸能です。これからも、能楽の面白さを多くの方にお伝えできればと思います。
ヨルダン館について感じられたことはありますか?
大槻氏 先ほど、ショップで素晴らしいサンドアートも拝見し、ヨルダンに行ってみたくなりました。日本には鎮魂としての伝統芸能が多く、魂を込めて演じるという思いが強くあります。ヨルダンの方も、そのような思いをアートなどに込めていらっしゃるとお聞きしました。おそらく伝統文化に対しても強い思いを持っていらっしゃるので、私たち能楽師とも共通点があったのではないかと感じています。これを機に、日本の伝統芸能をヨルダンの方々にも楽しんでいただければ幸いです。
成田氏 地理的には少し離れていることもあって、ヨルダンの方は、日本の文化に触れる機会が少ないのかもしれません。この機会に、実際に日本に来て能楽に触れることで、新たな発見があればと思います。
♦大槻 裕一(おおつき ゆういち)
能楽師 シテ方観世流
1997年9月2日生。師父 大槻文藏に師事。
令和五年度 大阪文化祭賞奨励賞「道成寺」。公益社団法人能楽協会 会員。
平成26年より「大阪城本丸薪能」を企画。
平成27年より文藏と共に大槻文藏裕一の会を主催。
大阪クラッシックや市川海老蔵特別公演「源氏物語」など他ジャンルとの公演にも数多く出演。
♦成田 奏(なりた そう)
能楽師 小鼓方幸流
1996年7月17日生。故 曽和博朗及び曽和正博、父 成田達志に師事。
令和四年度 大阪文化祭賞奨励賞「道成寺」。公益社団法人能楽協会 会員。
阪神囃子方連盟調和会 会員。能楽囃子ユニット「ナニワノヲト」同人。
舞台活動の他、海外公演の出演やワークショップ等、能楽の普及活動も積極的に行っている。
♦河村 凜太郎(かわむら りんたろう)
能楽師 大鼓方石井流
1997年10月11日生。祖父 河村総一郎及び父 河村大に師事
公益社団法人能楽協会 会員。京都能楽囃子方同明会 会員
立命館大学卒
♦月イチ能楽講座
令和3年に成田奏、大槻裕一による能楽普及促進を目指し発足。
依頼東京では現在まで毎月開催。続いて令和4年より大阪にて、令和5年より京都にて同じく毎月開催している。
内容は主に、東京╱大阪╱京都における近日上演予定の演目(主催者不特定)を元に、能楽の魅力や能楽師目線の演目の理解の解説を行っている。
成田、大槻に大鼓方の河村凜太郎を加えた若手能楽師3名による、明るく分かりやすい解説が好評を得ている。
またSNSを使用した(主にInstagram)情報発信によって、新たなファン・能楽愛好者の獲得に尽力している。
https://www.instagram.com/noh_once_a_month/